何かを選ぶ時、
自分にとっても相手にとっても
ちょうどいいものを選びたい
と思います。
できれば失敗したくないし
できれば気持ちよく決めたい。
そのために
あらかじめ調べてみたり
相手の好みを思い浮かべてみたり
予算や数を考えてみたり。
なるべく短い時間で
なるべく納得できる答えに
近づきたい。
そう思うのは
とても自然なことで、
きっと多くの場面で私たちは
そうやって最適解のようなものを
探しているのだと思います。
でも、
本当にそれが最適だったのか
と考えはじめると、
行き着く先は
果てしないのかもしれません。
あの選び方でよかったのか
別のものでもよかったのか
もっと考えたほうがよかったのか
もっと早く決めてもよかったのか
考えれば考えるほど
迷いは増えていくような気がします。
あるところで区切りをつけて
そこまでを自分なりの最適解にする。
そういうことなのだとも思います。
KOCAGEに立っていると
お菓子の前で
すこし立ち止まってくださる方に
よく出会います。
どれもおいしそう、と迷ったり
何を選べばいいか、と困ったり
どんな気分だろう、と考えたり
誰かの顔を思い浮かべたり
その時間の中には
わくわくするようなうれしい気持ち
と一緒に、
すこし困るような悩ましい気持ちも
きっとあるのだと思います。
だから、悩む時間は
いつでも歓迎できるものとは
言えないのかもしれません。
急いでいる日もあるし
余裕のない日もある。
考えるより先に
決めてしまいたい日もあると思います。
でも、
もし少しだけ余白があるなら
あるいは、
ほんの少しでも余白をつくれるのなら
お菓子の前で悩む時間も
悪くないのかもしれません。
並んでいるお菓子を見て
香りや質感を直接感じて
その日の気分で
すこし立ち止まる。
見て、
触れて、
比べて、
すこし迷ってみる。
その時間ごと
お菓子の時間なのかもしれません。
お店を訪れる前に、
何にしようか
と考えることもあると思います。
でも、
もし余裕があれば
実際に見ながら悩む時間も
悪くない気がします。
悩んだ先に
わかりやすい答えに至ることは
もちろんあると思います。
おいしかった。
よろこんでもらえた。
これにしてよかった。
そういう結果は
うれしいものです。
でも、たぶん
それだけではないのだと思います。
何を選んだかは
あとから曖昧になっても
すこし立ち止まって迷っていた
あの時の感じが
なんだかよかったなぁ
と残ることもあると思います。
結果が残るというより
時間を過ごした感じが残る。
すこし考えて
すこし迷って
すこし困って
それでも選んでみる。
そうやって進むことには
良いところと、すこし面倒なところの
両方があるのだと思います。
その両方を含めて
その時間を悪くないと思えたら
それは少し
豊かなことなのかもしれません。
全部すっきりとはいかなくても
その中にある迷いや困り事も含めて
なんだかよかったなぁ
と思えるといいのではないか。
そんなふうに思います。
KOCAGEも
すぐに決めるための場所
でありながら、
すこし迷ってもいい場所や
すこし立ち止まってもいい場所でも
あれたらうれしいです。
そんなことを思いながら
今日もお菓子を焼いています。